(2009年12月24日)
ダランベールの逆理 (パラドックス)とは次の命題です。
「静止理想流体の中で等速直線運動をする物体には抵抗が働かない。」
理想流体とは圧縮性と粘性がない流体をいいます。理想と名付けたように実在の流体にはあり得ませんが、現在の航空工学で重要な位置を占めています。物体は流線型でなくてもこの逆理は成り立つ論理的に正しい帰結なのです。
さて、ここで静止理想流体中を等速直線運動する物体の周りの流体を考えてみます。
物体が静止流体の中を動くためには、その静止流体をかき分けて動かす必要があります。静止していた流体は局部的には必ず動かされます。局部的であれ静止していたものが動くわけですから、その物体が流体に何らかの運動エネルギーを与えたことになります。静止流体に運動エネルギーを与えたということは、物体は逆に静止流体の抵抗を受けたということになります。
これは、静止理想流体の中を等速直線運動する物体は抵抗を受けるということです。 これはダランベールの逆理を否定しています。
どう考えれば良いのかお判りでしょうか。
(参考)
ダランベールの逆理については書籍等で次のように説明されています。
「完全流体の理論では静止流体中を等速直線運動する物体には抵抗力が働かないという逆理。日常の経験と反するのでパラドックスと呼ばれる。実在の流体には必ず粘性があり、抵抗が現れる。」(三省堂 大辞林)
(注)「粘性がなく圧縮性もないと考えた理想の流体を理想流体という。」(谷一郎、流れ学、p.71)
「ダランベールのパラドックスとは、粘性のない流体中に物体を等速直線運動させたときに、物体には力が働かないという、一見直感に反する事実(パラドックス)のこと。これでは川に船を浮かべてもながされないことになってしまう。
ベルヌーイの式から圧力分布を積分して得られる、圧力による抵抗と、実際にはたらく抵抗が異なる。これは実際の流体には粘性があり、それが抵抗の原因だからである。ベルヌーイの式では粘性を考えていない。粘性を考慮するにはナビエ−ストークスの式を用いる。」(ウイキペディア2009.5.10版)
「したがって全体として圧力はバランスしており、流線が物体に沿って流れる限り、物体には何らの抵抗も働かないことになる。これを・・・」(近藤次郎著、飛行機はなぜ飛ぶか、82頁)
「・・・圧力を積分して合力を求めれば0となり、従って円柱にはたらく力は0となる。この結論は、円柱以外の物体の場合にも同じであって、・・・」(谷一郎著、流れ学、74頁)
「流れは明らかに前後対象となるから、物体表面の圧力分布も前後対象となり、従って表面全体について合力をとると流れの方向の成分は打ち消されて0になる。」(小谷正雄編、物理学概説上巻、116頁)
”The very low pressures at the leading edge produces a "suction force"
which cancels the drag component of the normal force, and leads to zero
net drag, skin friction excepted (d'Alembert's Paradox).”(A.H.
Shapiro,Compressive Fluid Flow,p708)
「摩擦がないとして」と断っていますが、粘性がなければ物体の表面での摩擦もないと考えて良いでしょう。
(注)
「流れ学」で粘性の定義を調べますと「・・・もし有限の速さで形を変えるならば、流体もまたこれにさからう抵抗を示す。この性質は普通に粘性と呼ばれる。(p.1)」「有限の速さで流体の形を変えようとするとき、これにさからう作用を粘性と呼ぶ(p.90)」とあります。
この定義では、粘性が無ければ抵抗がないことになってしまいます。
(了)
(後記) 完全流体でも動き始めは抵抗があります。加速時も。
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