時間の定義を考える  

(2018年1月9日)


時間の単位の定義

 国際度量衡委員会は物理量の基本単位の一つとして時間を秒[s]として決めています。時間の単位も変遷がありましたが、現在はセシウムの共鳴周波数が9,192,631,770Hzで安定していることからこれを使って1秒が定義されています。

 時間の単位は自然現象から精度よく再現できるものを選んで決めれば良いだけです。従って、時間の単位を定義することにも何も問題はありません。

時間の定義

 ところが時間の定義は時間の単位の定義とは違います。時間という言葉を使わないで時間を説明してくださいということです。

 例えば、1時間を説明してくださいと言われて、「時計の長針が1回転する経過が1時間です。」、と答えたのでは時間を経過と言い換えているだけで時間を説明したことにはなっていません。

 「1時と2時の間が1時間です。つまり、時刻と時刻の間が時間です。」との回答も間という同義語を使っています。「大きな柱時計の振り子が1往復するXXXが1秒です。」というような答えを考えても、どうしてもXXXに入る言葉は時間の同義語になってしまうのです。

時間は変化か?

 何らかの状態の変化が時間に関係していることは間違いありません。英国の哲学者、マクタガートは次のように言っています。

「時間の本質とは変化であろう。何の変化もなければ時間の経過など認識されない。変化のない所には時間がない。時間とは変化である。」

変化を止めれば時間が止まる

 変化を止めれば時間が止められるのは事実かもしれません。金魚を生きたまま液体窒素に漬けて一瞬に凍らせると金魚はカチカチになります。しかし、この金魚は動かなくても死んだわけではありません。この凍った金魚を水槽に戻すと再び泳ぎ出すのです。

 将来、人間のような大きな哺乳動物を一瞬に凍らせ、一瞬で解凍させることができる技術が出来るかもしれません。もしそうなれば100年後の未来に行けることができるかもしれません。凍ったままで保存して貰い、100年後に解凍して貰えば時計は100年間止まったままです。目覚めたときは100年後の未来にいるでしょう。

 実際、1999年にアンデス山脈の標高6,739mのユーヤイヤコ山で3体の子供のミイラが発見されました。このミイラは500年前に生贄とされた15歳の子供は保存状態が良くとても500年前に死んだ子供とは思えないものだったそうです。写真で見ると少しも干からびていません。

 エベレストの山頂付近には何人もの人が滑落して死体となり放置されたままになっているそうです。回収できないから放置されているのですが、100年後には一瞬で解凍できる技術ができればこの人たちを生かせるかもしれません。無理に回収しない方が良いかも知れません。

 しかし、どれだけ変化が少なくとも少しは劣化しているわけですから時間は止まったのではなく進み方が遅かったという方が当たっているのでしょう。技術が発達して瞬間冷凍が可能になっても100年後に解凍して息を戻せない可能性も高そうです。完全に変化をなくして時間を止めるのは絶対零度近くまで温度を下げる必要があるかも知れませんから。

 石ころを考えても、さざれ石が岩となって苔むす、などと言うように地球上のものはすべて変化があるようです。宇宙全体でも星が動いている限り変化しています。ローカルには時間が遅く進むものもあるのでしょうが、宇宙全体として共通の時間を決めておく必要があります。これが国際度量衡委員会が決めた時間の単位です。

時間とは

 変化を止めて時間を止めることが出来たとしても、爆発現象のように素早く状態が変化するものと冷凍ミイラのように変化の遅いものもあります。時間は変化であるというマクタガートの説明では時間の定義として全く不十分でしょう。

長さではどうなのか

 それでは時間と同じく基本単位の一つである長さを見てみましょう。長さの単位は[m]で、その基準はメートル原器から光速に変更されましたが、精度よく再現できる方法が変わっただけです。長さの単位の定義には同じく何も問題はありません。

 しかし、長さの定義はどうなっているのでしょうか。「100mの長さとは何ですか。」との問いに、「スタート地点からゴール地点までの距離です。」と答えたのでは長さを距離と言い換えているだけです。「光が届くのにxxx秒かかる距離です。」これも同じく同義語を使っています。

 長さは1次元空間の大きさなのです。面積は2次元空間の大きさで、体積は3次元空間の大きさです。

時間はどうか(結論)

 ここで時間の定義ができました。「時間とは4次元時空で時間軸に沿った大きさである。」

あとがき

 私たちは4次元時空の中で生きています。このため、長さと時間に関しては同義反復の説明でも全く困らないどころかその方が分かり易いのでしょう。

 Wikipediaで時間の定義を見ると、いろいろ書かれています。最後に「相対性理論での時間」の項で「この考え方によれば、時間は「経過」ではなく空間と質的に等しい「拡がり」を表すものとみなされる。」とありました。

 私たちは歴史年表やガント・チャートで横軸に時間を取ることを昔からやっているのでした。時間は長さのようなものです。

(了)


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