力の素性

 
 

(2015年4月16日)


 
 その答えは「力」です。

 辞書の大辞林で「力」を見ますと、物理用語の力にはヒントで示した(4)、(5)、(6)が掲載されていて単位は[N:ニュートン]であると書かれています。しかし、(5)と(6)は両方を満たすべきものか、片方だけでも良いのかは明確にされていません。実際にもあいまいに使われているので辞書としてはこれで良いのでしょう。しかし、(5)と(6)を満たす作用が力の定義です。(1)から(4)と(7)から(11)は付随している内容です。付随している性質は他にも考えられます。

以下にそれぞれのヒントに解説を加えました。

(1)「目に見えない」

 これは殆ど自明でしょう。力を出す人や機械はいくらでも目に見えますが、力そのものは目に見えません。同様に力は聞こえませんし、味もありませんし、においもありません。人間の5感で力を感じることができるのは触覚だけです。体の皮膚にひずみを生じることにより力を感じることができます。

(2)「分子以上の大きさが対象の概念」

 原子より小さいミクロのレベルで作用する概念も力と書かれている書物が多いのですが、現代の物理学では力と言わずに相互作用と言います。おそらくミクロのレベルでは(6)の概念が無いからでしょう。

(3)「物体の表面から作用」

 これには異論があるかも知れません。特に重力が力であると信じている人には受け入れられないでしょう。(重力が力でない、ことは別のところで詳しく説明してありますのでここでは割愛します。)

 今ここで簡単に説明します。大きさのある物体に一方から力を加えてその物体が加速度運動をしている状況を思い浮かべてください。

 このとき、力がFで物体の質量がm、加速度がαであるすると、F=mαが成り立っているということが、ニュートンの発見した法則で、この式をニュートンの運動方程式と呼んでいます。

 このとき力Fは面でしか作用できません。もし、力Fが錐のような尖った針で作用させようとしてもずぶずぶと突き刺さるだけで物体に加速度を与えることができません。線で作用させることもできないことは包丁のような刃を思い浮かべると明らかです。物体は切れてしまうでしょう。

 面で作用した力Fは慣性力mαと釣り合っているのです。慣性力は物体の分子全部が加速されるときの分子それぞれが持つ抵抗力を集めた力です。体積力と言っても良いでしょう。

 質点系力学では物体の質量が1点に集中しているとして取り扱いますから、当然力も1点で作用します。実際にはあり得ない簡略化をしています。取り扱いが簡単になるという利点があるからですが、このために忘れ去られた弊害もあります。

(4)「単位」

 力の単位は[N:ニュートン]です。力である重さを、重さ100kgというような間違った言い方が今だにマスコミ全般になされています。質量100kgの物体が地上では100[kg・重]の重さであるということを簡略化して重さ100kgと言っているだけとの言い訳は成立します。しかし、このことを分かっている人には支障ないのですが、これから学ぶ人のために正しく使って欲しいものです。

 明確に力の単位[N]と質量の単位[kg]は区別する必要があります。少し前には力の単位として[kg・重]という工学単位も使われていました。これは判り易かったのですが現在はSI単位系を使うことが計量法で決まっていますのでもう使えません。

 重さ100kgでも判るからこれで良いというのでは法律を守らなくても良いと言っているようなものです。重さと質量の違いを明確に理解することが大事です。

(5)「力は加速度運動をもたらす」

 (3)の解説にも書きましたが、ニュートンが見つけたのは力が物体の運動量に変化を及ぼすということでした。つまり物体に力を及ぼすと運動量が変化するということでした。運動量とは質量に速度を乗じた量です。

 ニュートンの発見は、物体の速度の変化の大きさは力が大きいほど大きく、質量が小さいほど大きいということです。つまり速度変化は加速度ですから、力は加速度と質量の積に比例するという関係式があることを発見したのです。 

 論理的な帰結として導き出された式ではなく、自然を観察するとこのようになっているという式です。比例定数は1として良かったのはこの式(F=mα)で力の大きさを決めることにしたからです。

 実際には、加速度を測定して力の大きさを決定することはありません。現実の力の測定は応力・ひずみの関係が使われています。

 質量の大きさを決めるためにF=αを使う方が論理的で良いと思われますが技術的に困難でしょう。現在の質量は質量原器で決められていますが、1モルの原子数(アボガドロ数)で決め直すことが検討されています。

(6)「力はひずみを生じさせる」

 力は面を通して作用します。同じ大きさの力が作用する場合でも大きな面積で作用する場合と小さな面を通して作用する場合とで物体に対する影響が異なります。そこで単位面積当たりの力で比べる必要があります。単位面積当たりの力を応力と言います。

 物体内部に応力が発生するとその物体はひずみます。ひずみは最初の長さがどのぐらい変化したかで計ります。長さの比を取りますからひずみは無次元量です。応力があまり大きくなければ応力とひずみは比例関係にあります。応力をσで表し、ひずみをγで表すとσの関係があります。比例定数のEはヤング率と呼ばれていて物体の材料によって値が異なります。

 明確に言い切っている本はまだ見つけていませんが、物体に力が作用するとその物体には必ず応力とひずみが発生します。実際、力センサーにはロード・セルなどいろいろありますが、必ず応力・ひずみの関係が利用されています。

(7)「近似的にベクトル表現」

 力には方向がありますから大きさと一緒に方向も表現できるベクトル表示が多く利用されています。しかし、ベクトル表示の力は作用が面でなく点です。従って、力をベクトル表示することは簡素化のための近似です。ベクトルより正確に表現するためには2階のテンソル表示が必要ですが、複雑になって却って判りにくくなります。


(8)「力の元は電磁相互作用」

 自然界には4種の相互作用が存在します。これらは、重力、電磁力、強い力、弱い力と4種の力と表現されている場合も多いのですが、ミクロの世界まで辿ると全部相互作用です。強い力と弱い力はもともとミクロの世界だけの力です。

 力の元をたどってどんどん小さく見ていくと分子と分子の接触になります。力の元は分子と分子の反発力にあると考えられますから、電磁相互作用が力の根源ということになります。分子と分子がある程度近づいた時には今度はファンデルバールスの引力となります。ファンデルバールスの引力も根源は電磁相互作用であると説明されています。

(9)「滑車やてこで大きくできる」

 力は道具を使って大きくできます。道具には実現できる大きさに限りがありますから、実現できる力の大きさにも限りがあります。滑車を何段も使えば元の力の10倍程度はすぐ出せます。てこで地球を動かすことは実現不可能です。

 地上で実現できた一番大きな力はどのぐらいでしょうか。月ロケットのサターンロケットの1段はエンジン5基を同時に作動させて30MN(3000トン・重)ほどの力を出して発射時全段で2000トンの質量を持ち上げました。

 20万トンタンカーは、20万トンの質量が発生させる2000MNの重量を支えているのですから、2000MNの力を海面から受けています。

(10)「人間が発生させる力」

 人は力を出すことができます。力士はこれを職業にしているようなものです。像は体が大きいこともあってかなりの大きさの木まで倒すほどの力も出せます。人間が発明した力を発生する機械としては蒸気機関や電動モーター、ガソリン・エンジン、ジェットエンジン、ロケット・エンジンなどがあります。

(11)「音速で伝達」

 力は無限に早くなくても光速で伝わるのではないかと思われる方も多いでしょう。重力は光速で伝わるではないかと思われるでしょうが、重力は力でなく重力場の変化が光速で伝わると考えられているのです。

 力は物体の存在が必要です。「暖簾に腕押し糠に釘」です。物体がなければ力は存在できません。力が物体に作用すると応力・歪が発生するのですからひずみが伝達する速度が力の速度ということになります。これは音速です。もちろん、音速は媒質によって異なります。

(了)


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